冬に琵琶湖に渡ってくるオオワシやコハクチョウが長浜市では人気を集めています。渡り鳥の仲間でコハクチョウの次に大きいのがオオヒシクイ、近江八景「堅田落雁」に描かれているガンの仲間です。
“世界湿地の日” 記念シンポジウム「ヒシクイの謎を解き明かす」が湖北野鳥センターに隣接する琵琶湖水鳥・湿地センターで開催されました。
今回は遠くカムチャッカから琵琶湖に渡ってくるオオヒシクイについて学びました。
※日本においてオオヒシクイと亜種ヒシクイは同じ種(ヒシクイ種は4つの亜種に分かれる)とされますが、ヨーロッパにおいてはオオヒシクイは独立した種とされています。オオヒシクイは昼間は眠り夜に泥の中の餌を探しますが、亜種ヒシクイは日中に行動するそうです。
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最初の登壇者の池内俊雄さんは生物系出身かと思いきや文学専攻、「学生時代は藤原定家や西行を研究し、日本人の季節感や死生観を探ってました。日本に秋を知らせ人との関わりも深いに興味を持ち、ガン類の研究に関わることになりました」と話されます。
江戸時代の文献を見ると、「鴻(こう:ヒシクイ)は貴重な贈答品として秋田の佐竹家・仙台の伊達家から将軍家へ献上されました。鴻を食せたのは将軍と天皇、徳川・松平・前田・伊達家に限られてました。オオヒシクイは特別な鳥でした。また近江八景「堅田落雁」にあるようにガン類は冬に琵琶湖に渡ってきました。
現在、日本へ渡って来るのはオオヒシクイは増えているという。
2人目の登壇者は野鳥研究者の須川恒(すがわひさし)さん。
「1978年に鴨川のユリカモメに金属の足環がついていたのを見つけたのがきっかけでどこから渡ってきたのか調査を始めました」。山階鳥類研究所(千葉県)の協力を得てロシアの研究者との文通が始まり、1982年にはモスクワの国際鳥学会議でお会いでき、首環標識による渡りのルートの調査が大きく進みました。1984年にカムチャッカで首環標識を装着したオオヒシクイが1987年に琵琶湖で見つかり、ルートがわかりました。
3人目の登壇者は余呉町出身で中学生時代から野鳥の観察を始めたという村上悟さん。
「滋賀県立大学でも鳥の研究をつづけ、1999年に池内さんとカムチャッカでの調査に同行しました。卒論ではオオヒシクイをテーマに冬の気温や琵琶湖の水位など、気象学からアプローチして飛来数の増減を推論しました。日本各地のデータを比較してオオヒシクイの”鳥の道”を実感しました」。
現在進行中の高時川上流の風力発電所がオオヒシクイの渡りルートと重なる可能性が高く、風車と鳥の衝突を心配されています。
最後はオンラインで登壇の山階鳥類研究所の澤祐介さん。
豊富なデータと図により、東アジアにおけるオオヒシクイの渡りルートを説明してくださいました。
オオヒシクイが琵琶湖から2,000km以上離れたカムチャッカから渡ってくるのには驚きました。鳥達が安心して暮らせる環境を守る大切さを実感しました。
オオヒシクイについては、池内さんが事務局を務める「雁の里親友の会」のサイトをご覧ください。
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1957年滋賀県生まれ。野洲市在住、(公益財団法人)日本写真家協会(JPS)会員。
1990年に滋賀にUターン後『湖国再発見』をテーマに琵琶湖周辺の風景や祭礼などを撮影。