自然環境の保全に欠かすことのできない、農山漁村における人間の営みは刻々と変化しています。先達から受け継いだ農業漁業は現在どのような状況にあるのでしょうか?そして未来は・・・。
水資源と生物と植物が自然の循環に抗うことなく豊かな恵みを与えてくれるために、私たちはどうすればいいのかしら?
そんな疑問を持っていた時、滋賀県の農山漁村振興の取り組みの一つ、「農山漁村課題解決に向けた官民共創説明会」に参加しました。そして「高島データサイエンス農業・琵琶湖の漁業~伊吹山の源流から地下水を辿る~」のタイトルに惹かれDAS LAB(ダスラボ)代表で総合プロデユーサー神野恭光さんと井戸正和さんに出会ったのです。取材場所は筆者の地元近くの「空色ワイナリー」(近江八幡市野村)で代表の三崎清隆さんを交えてのインタビューです。
DAS LABは創設まもないグループ。四代目の老舗農家が挑戦する空色ワイナリーでは自社ワインの初出荷を迎えました。ともに次世代を担う“ローカル・アーテイスト”たち。水と土壌を育み、私たちに豊かな恵みと、自然環境に配慮した暮らしを牽引してくれます。
DAS LABは、Data. Art & Science Laboの頭文字から名付けられた、トヨタ・コニック株式会社とアルスエレクトロニカ・フューチャーラボによる地域の未来をつくるための共創組織。トヨタ・コニックの神野さんと電通の井戸さんが中心メンバーです。A Shift from Problems to Future(s )。課題から未来へ視点をシフトすることを主題に置き、滋賀県全体の未来構想ビジョンを「WaterーCentric(ウォーター・セントリック)“水を中心に考える”」と位置付け、滋賀独自の未来をつくる取り組みを高島市、長浜市、彦根市、米原市で地元の仲間とともに進めています。
きっかけは、2017年度から始まった滋賀大学とトヨタグループのデータサイエンスによるリスキリングの取り組みでした。そこから2023年に滋賀を舞台にした地域のデータを活用した大学と企業の共創による調査が始まり、様々な取り組みが生まれました。そうしたDAS LABの取り組みをまとめる形で昨年「滋賀FUTURE THINKING WEEK」として彦根市でイベントを開催し、評判を呼びました。
長浜市、日本酒醸造会社の冨田酒造さんの仕込み水の源流を辿る調査では、酒蔵がある町の複数地点で地下水を採取し、長崎大学環境科学部と調査し、地域の地下水の流れを可視化しました。己高山(高島市木之本町標高900m)の700m地点に振った雨水が地下水となり、約35年~40年という歳月を経て酒蔵の井戸に流れ着いていることがわかりました。源流である己高山を登山しながら、地域の歴史や文化を学ぶトレイルツアーを企画。配布されるチケットを35年~40年後に持参すると冨田酒造でお酒が飲めるという、長尺思考を身につけながら、地域の森、地下水を守るイベントも企画されるとか。持続可能な企業と人と地域が育まれそうです。
高島市では、「高島市をその余白を生かしたウォーター・セントリックの実験地に」というビジョンを立て、高島市在原の農家さんとも連携し、東京農工大学の研究チームと共に稲作の実験も行っています。2025年には、米の生産過程のデータを全て消費者に見える化する『DAS RiceMark』を開発。このマークがついたお米を、東京農工大学やオンラインで販売しました。
これらは、トヨタ・コニック株式会社、株式会社電通の支援によるものでした。
ウォーターセントリックな社会とは→水を中心に滋賀の未来を考える→水を守ることで新しい価値を生み出し→その価値を滋賀独自のサービスや商品に転化することでビジネスを成長させ、持続可能な社会がつくられると考えています。
そのために、DAS LABは
①DASアプローチを活用し社会的インパクトを生む
②インパクトをブランド化する
③価値を経済に繋げる取り組みを初めています。
農業の実験から「琵琶湖にやさしい稲作」や、データが見える「信じられるお米」が生まれ、新しい価値として生活者に選ばれ高い収益をもたらすことや、生産者向けに農業データを活用することで収量の安定化を図ることができれば、農業経営の明るいビジョンが描くことができ、新規参入を促し、一次産業従事者の減少に歯止めがかけられるのではないかと考えています。
空色農園は従業員5名、近隣に住み共通の由来を持つ人です。一人は三軒隣の同級生でソムリエ(ワインなどの専門知識を持つアドバイザー)に従事されています。出身校である県立農業大学校果樹班出身の二人。10年前に誘った同級生。今年は同校の新人が加わります。稲作圃場をブドウに適した土壌に改良しました。微生物が繁殖しやすいように数年かけた事業です。
「三崎家は初代が稲作、二代目が畜産、三代目が養鶏、四代目が果樹と新しいことにチャレンジすることで継続しました。ブドウとワインを自社生産しています。ワインという豊かな食材を生み出すことで私たちが大切にしている地元の土壌や水や野鳥をはじめとする生物(キジが訪れる)や微生物が美味しく醸してくれる、地元の歴史を背景にした矜持をワインに表現したいのです。ワインを飲むことで共通の幸福を共有できれば」と意欲的。
現在(2026年2月)は、畑でブドウの剪定や土の状態を調査する作業が主ですが、ブドウ収穫(デラウエア、シャインマスカット等品種多数)時には直売所がオープンし遠方からのお客様で賑わいます。ワイン醸造が始まるとワイナリーが稼働し5種類のワインと、生食用ブドウとブレンドしたブドウジュースが生まれます。ワイナリーで販売するほか県内の酒販店で購入できます。
ワインの特徴はブドウ本来の甘さを引き立たせるために、皮と種を分別し果肉だけで醸造するため赤・白ともに軽やかで飲みやすいです。赤はマグロの刺身や脂身の少ない肉に、白はおでんなど和風の料理に合います。滋賀の食材の味を引き立ててくれます。
ワインジュースはアルコールフリーでブドウ本来の味を楽しめます
琵琶湖の農山漁村はどうなるのでしょう?
「大学と企業で地域のデータを活用した地域創生を目指し、2023年からトヨタ・コニック社の滋賀の活動が始まりました。オーストラリア・リンツ市でのアルスエレクトロニカ社の事例を学んだことが、この取り組みの基礎にあります。1979年、リンツ市は産業のまちとして、都市公害に悩まされていたそうです。そこで、アートとテクノロジーを用いた“第三の音楽のまち“をめざし、始まったのが“アルスエレクトロニカ・フェスティバル“です。フェスティバルを起点に、アルスエレクトロニカ社の活動はその後、多方面に広がり、リンツ市の発展を支えてきました。リンツ市は今、美しいコンパクトシティに生まれ変わっています。我々DASLABも、データ・サイエンス・アートを活用し、過去と今を読み解きながら、未来を思考することで滋賀にふさわしい、ありたい未来をつくることに貢献していきたい」と神野恭光さん。
「今このタイミングで水環境を守らなければ、近い将来に“農山漁村が成り立たない”という危機感を感じています。DAS LABではプロジェクトに参加する農山漁村の方やそれに関わる人たちを未来を変える『ローカル・アーテイスト』と呼び、共に取り組んでいます。消費者の皆さんに彼らの声を届け、未来も変わらず美味しい滋賀のお米が食べられるよう、“みんなで考える”問題にするべく伴走していきたいです」と井戸正和さん。
「農家ワイナリーとして自家生産、自家醸造のワインを初出荷しました。四代目農家の経験から“今、これをやっておかないとこの先はない”という心意気で始めました。地域の人たちに支えられ、ブドウつくりとワイン醸造に“地元の風土”を愛する気持ちを込めています。テロワール(地域)はつくる人、飲む人、販売する人がアーテイステイックな取り組みをすることで豊かになる可能性が広がります。琵琶湖と同じ方向を向いていることが大事です」と三崎清隆さん。
琵琶湖の農山漁村を守る、と一言で言うのは簡単ですが、お話を聞いていると変わらなければならないのは、私自身だなと思いました。家計を保つことと、琵琶湖の農山漁村を支える(適正価格で購入する)ことを両立できる暮らしを確保すること、同じ方向を向くこと・・・。
今、問われているのは近い将来への姿勢かもしれません。
※写真ご提供/DAS LAB
#高島データサイエンス農業・琵琶湖の漁業伊吹山の源流から地下水を巡る
#DASLAB
#トヨタ・コニック株式会社トヨタGブランデイング戦略本部トヨタGブランド戦略ユニット 神野恭光
#株式会社電通第2CRプランニング部ブランドエクスペリエンス1部コピーライタープランナー 井戸正和
#空色農園空色ワイナリー 三崎清隆
#滋賀県課題解決に向けた官民共創説明会
#市町村が抱える農山漁村の課題と民間企業が持つ解決策のマッチング
#冨田酒造
辻村琴美・ライターで文化コーディネーター
1956年大阪市生まれ。滋賀県野洲市在住。(特非)コミュニテイ・アーキテクト近江環人ネットワーク理事長。
写真家の辻村耕司の妻。職業は編集者。一男一女を授かり夫の実家滋賀県の旧中主(ちゅうず)町にて三世代同居。
環境倫理雑誌M・O・H(もう)通信(2003~2016)編集長を務めた。
好きな言葉は「信頼と優愛」。
目標は“びわ湖からつながりのバタフライエフェクト”を創ること。
特徴は夫を「ダーリン」と呼ぶ。現在は夫と猫の六兵衛の3家族。
先代猫の太郎を交えた『にゃんこといっしょ』(2023)自費出版。
1957年滋賀県生まれ。野洲市在住、(公益財団法人)日本写真家協会(JPS)会員。
1990年に滋賀にUターン後『湖国再発見』をテーマに琵琶湖周辺の風景や祭礼などを撮影。