滋賀県近江八幡市野村町は琵琶湖に注ぐ日野川に沿った田園地帯です。鈴鹿から流れる日野川の水で稲作を営む農家が多い地域です。琵琶湖の浜がほど近く、キャンパーやウォータースポーツをする県内外の琵琶湖ファンで賑わいます。
この地で先祖代々農業を営む人々に言い伝えられた思い出があります。ご先祖様は船で琵琶湖を渡り対岸の比叡山に詣でお札を受け、門口に掲げました。安寧を願って。季節は春、比叡おろしに遭遇し命を落とした人もおられるとか。
ここに空色農園と名付けられたブドウ園とブドウ直売所があります。ブドウ栽培に夢を託した代表の三崎清隆さんが、「GI(Geographical Indication)滋賀ワイン」に挑戦しています。織田信長が愛でたポートワインのようにスモールイズビューテイなワインを醸(かも)したい。今月は30年後の姿を描くブドウ畑のブドウたちをご紹介しましょう。
秋はブドウが美味しい季節。9月はシャインマスカットとピオーネのご登場。シャインマスカットの明るく透明な緑の粒は心が洗われます。
大粒のまん丸い果肉がぎっしりつまった一房はずっしり重く、粉が吹いているようにも見えるのはシャインマスカットが甘いよ、と教えてくれているみたい。
ここは近江八幡市野村町にある「空色農園直売所」です。健康に育ったブドウたちが私を選んでっていい香りで出迎えてくれます。
シャインマスカットは一房(約500~600グラム)1,250円~リーズナブルなお値段です。リピーターのお客様が多く贈答や自家消費で売り場ではお客様が品定めをされています。今日は空色農園代表の三崎清隆さん(36才)にお話をお聞きします。
「私で四代目の農家です。父は養鶏、祖父と曽祖父は稲作をしていました。私は農業大学校で学びました。滋賀県は醗酵食品の食文化が根付いており、農業で醗酵食文化を作りたいと思いGIワイン(地産地消ワイン)に挑戦しています。まずはブドウを育てるため土の改良から手掛けました。ブドウ1ヘクタール、ワイン用ブドウ3.5ヘクタールです。直売所でのブドウ販売は2011年から開始しています。ご近所遠方よりのお客様のご来店や電話でのご注文も年ごとに増えており感謝しています。
ブドウの品種はデラウェア→サニールージュ→紫玉(しぎょく)→ハニービーナス→ベニバラード→藤稔(ふじみのり)→ピオーネ→シャインマスカットの順で販売しています。白ワイン用にシャルドネ、ソービニヨン・ブラン、リースリング、赤ワイン用にシラー、サンジョベーゼを栽培しています。ブドウ栽培は山梨で学びました」。
どんなワインになるのでしょう?「ワインは30年、100年と年月を経て樹が成長しワインが成熟します。ブドウの樹が円熟するまで時間と手間をかけることがいいワインになる要素の一つです。30回(30年)ワインを作ることを目標にしています。目指す主たるワインは白ワイン(シャルドネ種)です。近江の魚、農産物に合うような爽やかなテイストで近江の歴史や文化を尊重した皆様に愛される小さなブドウ園のワインです。スモールイズビューテイかな」。なるほど温故知新(古くて新しい)の空色ワインですね。
三崎さんにはブドウの思い出があるそうで「おばあちゃんと縁側でデラウェアをトウモロコシみたいに横からかじって、口の中いっぱいに粒を含ませ皮と果肉の甘みを味わって皮と種をプププってスイカの種みたいに飛ばすんです。嬉しくて美味しくて」わあ、羨ましい!お盆の必需品のデラウェア(種なし)ファンのお客様は多くおられます。お買い求めやすい価格のB品はお値打ちです。内緒ですが、鳥さんがついばむほど美味しいブドウです。
直売所に並んだブドウたち、次々と別れを告げて夕刻には売り切れていきます。入り口には“本日完売しました“のプレートがかかります。
湖周道路へと伸びる道路には両側に田んぼが広がります。途切れた辺りにブドウ棚が整列しています。
この垣根のような棚は?「空色農園オリジナルなんですよ。通常のブドウ棚より背が高いです。作業性が良くブドウの生育に合わせてあります」と、三崎さん。
スクッと伸びた若樹が両手を広げるように枝を広げ、手を取り合うように枝を這わせます。枝の下にはコロンとしたブドウが袋の中で育ちます。
この子は選ばれしブドウです。剪定された多くの房に別れを告げ、生きた土の養分をお腹いっぱい蓄えます。果肉はしっかりし糖度19~21度の水分がブドウの甘みになります。
すると、ブドウの樹々を縫うように走る白い物体が?・・・。「農業用の自動草刈ロボットです。休みなく下草をカットしているんですよ」と三崎さん。
エッ?大きなお掃除ロボット?ロボット草刈機クロノス君です。「下草を指定の長さに切りそろえることで土に有機物として栄養を還元します。ほら、フカフカでしょう?」あ、本当だ。足触りが柔らかくて新緑の香りがする。
「農薬は環境影響が少ないものを使用しています。ブドウを育てるのは土と水と太陽です。自然の偉大さを感じています。私たちはブドウたちが生きやすいように、お手伝いをしているだけです」なんだか楽しそうです。ブドウの樹が大好きなんですね。
三崎さんは「連綿と引き継がれる古き良き農業の伝統を尊重し、農村の暮らしに息づく信仰と文化を引き継ぎ新しい技術も取り入れることが次世代の農業イノベーションにつながると確信しています。稲作を中心とする農業は、神を祀る信仰と深く繋がっています。先人は神饌(しんせん)を、季節の神事と祭事に捧げています。神に五穀豊饒、子孫繁栄、無病息災、世界平和を願い米、酒、野菜、魚などを祭りの後の直会(なおらい)で食します。日本古来の伝統文化が革新の糸口になります」と、語ってくれました。
日野川が近くを流れ、平野部が続く近江八幡市野村町は、遠景に比叡山を望み、振り返ると三上山がぽっかりと。いずれも歴史の宝庫です。
土地が平坦で水が豊富な土地は多くの偉人を迎え、歴史の舞台となりました。比叡山はかつて京都御所の鬼門を守る役目を仰せつかった、天台宗総本山の比叡山延暦寺が鎮座しています。戦国時代は織田信長の焼き討ちに遭い僧兵たちが戦った場所です。まさに歴史の舞台が地平線に連なっています。
織田信長は舶来趣味が強く、ポルトガルから様々な日用品や絵画を取り寄せました。その一つにポートワインがあります。幻の安土城で舶来の衣装に身を包み、テーブルに運ばれたポートワインをワイングラスに注ぎ椅子に腰掛けて味わったことでしょう。おそらく(確証はありませんが)日本で初めてワインを嗜んだ場所と人ではないでしょうか?とすると、近江八幡市はワインと縁が深い地域と想像します。
長命寺山長命寺は聖徳太子が開基したと伝えられています。三上山は縄文、弥生時代の遺物が数多く出土し銅鐸の生産地でした。日本最大の銅鐸が東京国立博物館に収蔵されています。歴史を紐解くと地域とのつながりが発掘できます。楽しいではありませんか!
空色ブドウ畑に足を踏み入れると思わず空を見上げたくなります。空の色は微妙なグラデーションで雲がアクセントをつけてくれます。借景の山の連なりと農場の色が相まって思わず両手で額縁を作ると、どこを切り取っても絵になります。
グルーっと首を回していると、三崎さんが「ここで、バーべキューしてシャルドネの微炭酸ワインを小瓶に詰めて夕焼けを見たいんですよねえ」とポツリ。いいんじゃなあい?映画の一コマになりそう。手を伸ばしてブドウを樹からもいでワインを含む、なんて贅沢なシチュエーション。豊かな土地は無限の可能性を秘めています。
どんな色のワインでしょうか?香りは?喉越しは?口に広がる味わいは?残り香は?湧き上がる妄想が止まりません。まずはワイングラスを用意しておこうかな?直売所でテーステイングと洒落込むのもいいかもしれない。と、ぼんやりしてると「今年のシャルドネを長野の醸造所に持ち込みます。まずは、自分たちの造るワインの方向性を探ります。来年の作付けの参考にして試行錯誤です。自前の醸造タンクを設置して諸手続きを完了させてスタートです。まだ助走の段階です。これからです」と夕陽に照らされた三崎青年が目を輝かせていました。
30年目のワインが目標と語る三崎さん、空色ワインはブドウ園にいるだけで私を酔わせてくれるようです(ワインだけに)。
空とブドウの樹たちと豊かな土と水と太陽と土地の空気が想像力をかきたてます。ああ、だから「空色農園」なんだ。私をエンターテイナーにするブドウたちと三崎さんです。皆様もお立ち寄りください(お問い合わせは下記まで)。
この日、空色農園に同行したオオヌマズさんがブログ『オオヌマズの玉手箱』にこんな一節を投稿してくれました。
『・・・もうじき収穫され、小さな生き物と、自然と、人の天塩が加わり、やがてワインに。まさにワインはカミがうみだす水。ブドウたちは、カミへうまれ変わる時を待っている。そんな感じのブドウ園。 ー中略ー カミに変身したブドウたちと再会するのが、とても楽しみです』
ポエム(詩)です。ロマンあふれる出愛(であい)が、青年の夢を後押しする。ドラマチックな展開にカメラマンはウキウキ、私はドキドキ。空色農園のブドウを食したお客様、これから注文しようと思っている、皆様もご一緒に“空色伴奏“始めませんか?どんなハーモニーが聞こえるかな?
取材協力/空色農園・三崎清隆代表
@sorairo-f.com 0748-36-0055
〒523-0075 滋賀県近江八幡市野村町778
9月はシャインマスカットとピオーネを販売しています。なくなり次第終了となりますのでお早めにご注文ください。
歴史文化遺産コーディネート/NPO法人歴史資源開発機構・大沼芳幸主任研究員
@オオヌマズの玉手箱
1956年大阪市生まれ。野洲市在住。(特非)コミュニテイ・アーキテクト近江環人ネットワーク理事長。
写真家の辻村耕司の妻。職業は編集者。一男一女を授かり夫の実家旧中主(ちゅうず)町にて三世代同居。
環境倫理雑誌M・O・Hもう通信編集長を務めた。好きな言葉は「信頼と優愛」。
1957年滋賀県生まれ。野洲市在住(公益財団法人)日本写真家協会(JPS)会員。
1990年に滋賀にUターン後『湖国再発見』をテーマに琵琶湖周辺の風景や祭礼などを撮影。